笑わせる技術

最近露出が増えてきたヒロシというお笑い芸人がいる。
ヒロシです。2
個人的には、まあまあ面白いと思うぐらいなのだが、「俺のサドルがありません」というネタはかなり好きだ。同じネタを二度聞くと「それはもう知ってるからもういいよ」という感じになるのだが、これは聞くたびに凄いと思ってしまう。
普通だと、「こないだスーパーで買い物した後に、自転車に乗ろうとしたら、俺のサドルがなくなっていたとです! もう、どうしていいのかわかりません!」とか言ってしまいそうなものなのだが、それではぜんぜんダメだ。
これだけ短く簡潔な言葉なのに、そこから想起される我々の思考と感情はもっともっと情報量が多くなる。


ということを考えたのは、年末年始のテレビは、例年通りお笑い番組がたくさん放映されていたからだ。
若手お笑いはけっこう好きなので、録画して早送りしながらだいぶ見たのが、あまり面白いと思えるものはなかった。


現在、久々のお笑いブームだそうである。
NHKの『爆笑オンエアバトル』あたりからブームが始まり、民放の『エンタの神様』が『オンバト』から面白い芸人だけ呼んできてクオリティを維持しつつ、少しずつ新しい芸人を試し、その中から「エンタ発」の芸人がやっとブレイクしてきたのが現在、という流れではないかと私は認識している。

民放の『笑いの金メダル』という番組もあるが、こちらはネタ以外のフリートークやどうでもいい企画が多くてつまらない。ネタではなくて、芸人のファンの人にはいいのかもしれないが。あるいは、芸人自身も、ネタの消耗戦にならない分楽なんだろうが。
オンバト』は有力芸人が多数卒業してしまい(おそらくギャラのよい民放や、安定したNHK夕方の健康番組等のレギュラーに流れたのだろう)、しかも2004年からは半分は「熱唱編」というバンドオーディション番組になってしまったので失速。


ところで、芸人のネタには、いくつかの傾向がある。

・変な人ネタ系(差別による笑い)
インパルス、ドランクドラゴンアンガールズインスタントジョンソン
いわゆる「変な人」を演じたコントが多い。いわゆる、「キモ〜い」とか「阿呆」というキャラである。
根っこには「いじめ」と同じ、他人を見下すことに起因する快感を利用した笑い。
笑いの多くは、日常的行動・常識的行動とは異なる、予想を裏切る行動という、ズレを利用したものが多いが、お笑いでは差別感が強く出ていることが多い。それだけパワーがあるということだろうか。

・有名人ネタ系(侮辱による笑い)
だいたひかる長井秀和波田陽区はなわ
有名人の実名を出して、揶揄する。陰口のようなもの。
このタイプは、大物に対して物怖じしない態度はときに庶民の代弁者となり、「王様は裸だ」と言うことができるヒーローのように見られることもある(若手芸人においてはそのかぎりではないが)。マイケル・ムーアとか。
だいた・長井・波田は、プレゼン方法が違うだけで、ネタとしては相互入れ替えが可能な、まったく同質のものである。

・毒舌系(差別+侮辱による笑い)
青木さやか友近
ピン芸人が独特の変人キャラクターを演じ、なおかつ他人を揶揄する。
芸人自身の態度は変人をみる際のおかしさに近く、芸人の発言による侮辱との笑いの混合。

以上のものはおおむねネガティブな、人間が誰しも持つ邪な心を利用した笑いである。相手を貶めることによって優越感を覚えるとか。
たしかに面白いこともあるのだが、不愉快な気分になることも多いので私個人としてはあまり好きではない。
たしかに昔から風刺や道化のような滑稽な笑いはオーソドックスなのだが、悪口や見下しというのはそれだけで快感を伴うもので、その分面白がらせる敷居が低くくもあり、人を笑わせるための芸としてのレベルは一段低いといわざるをえないだろう。

あるあるネタ系(共感による笑い)
テツandトモいつもここから、レギュラー、ハローケイスケ
日常生活の中にある矛盾やマーフィーの法則的なシチュエーションなどを提示する。「そういうことあるよね」とか「言われてみればそうだよな」というような反応を観客から引き出す。
日常に埋没した、意外性がありなおかつ言えば共感されるネタという、視線の確かさが問われるので、なかなか難しそうだ。

・自虐系(差別・共感・同情などによる笑い)
ヒロシ等
観客にとっては差別による笑いとほぼ同じ笑いなのであるが、差別される対象が芸人が演じる役や、第三者ではなく、芸人そのものというもの。
芸人自身がヒールを演じる(青木さやかがその代表か)必要がないので、受け手としては不快感は比較的少なくて済む。
波田陽区も、最後にフォローとして「拙者、○○ですから! 切腹!」と自虐ネタをひとつ発言して自己弁護と聞き手の邪心の緩和を行おうとしている。


NETA JIN 2 [DVD]マギー審司のびっくりデカ耳その他、陣内智則の各種メディアプレゼンテーション、マギー審司のマジック、パペットマペットの動物など、いろいろある。

爆笑オンエアバトル ラーメンズベスト [VHS]
ラーメンズはいろいろなバリエーションがあって一筋縄ではいかない。変な人ネタ系もあるが、ロジカルなもの、シュールなものと幅広い。

前にも書いたが、私が現在一番好きなのはアンジャッシュである。
三谷幸喜の喜劇などにしばしば見られるような、勘違い進行系のネタを得意とする。双方矛盾した前提で発話するにもかかわらず、主語や目的語の省略などにより言語の上ではまったく矛盾せずに進行する。(あの、若い娘か老婆、あるいはアヒルかウサギのどちらにでも見えるだまし絵と同じ構図を言語によって表現しているともいえる)
観客は二人の演者の発話を聞き、それぞれの内的世界を同時に想起する。いわばひとつのシナリオで同時に二つの物語を観客は脳内処理するという、きわめて高度な言語体験が行われる。
シナリオの高い完成度が必要となってくる。

冒頭のヒロシの簡潔さもアンジャッシュの複雑さもそうだが、往々にして、言語によるイリュージョンを求めて、明日も私はお笑いを見るのだった。

笑いの研究―ユーモア・センスを磨くために