七+一人の優しい日本人

議員会館地下の食堂で飯を食ってたら、国会脇にある憲政記念館で本日、裁判員ドラマ『裁判員〜決めるのはあなた〜』上映会をするので誰でもどうぞ、みたいなことが書いてあるポスターが貼ってあったので、仕事が終わってから見に行く。
18時から主催者の挨拶、18時半上映開始だったのだが、5分ほど遅刻して冒頭を見逃してしまったのだが、入り口でもらった資料にはA4二枚でオチまで書いてある梗概だけでなく、100ページ余の台本まで入っていたので、その辺はそれで補完できた。

そのポスターを見るまでそのような作品があったのを知らなかったのだが、検索したら、すでに1年近く前から上映会が催されており、BSデジタルや地方局などマイナーな枠でテレビ放送されたこともあるようだ(また放送されることがあれば一応ビデオに録画したいところ)。

タイトルもタイトルだし、日弁連企画(制作費も負担しているのかな?)の裁判員制度PR作品なので、お役所製作ドラマにありがちなつまらないものかと思ったのだが、日弁連の主張を無理やり盛り込んだと思しきセリフもしばしば散見されるものの、普通の法廷ドラマとしても十分見られる出来だった。
http://www.nichibenren.or.jp/jp/katsudo/shihokai/saibaninseido_drama.html

<制作スタッフ>
 総括プロデューサー 近藤晋
 監督 石橋冠
 脚本監修 市川森一
 脚本 酒井直行
 ほか
<出演者>
 石坂浩二中島久之宇津宮雅代、浜田学、渡辺哲、岩崎ひろみ
 水木薫、庄司永建左時枝 ほか

ストーリーのご紹介
年老いた姑が自宅近くの公園で石段から転落して死亡した。そこには、痴呆症にかかった姑の介護に疲れた嫁の姿が。嫁がつき落とした殺人事件なのか、それとも単なる転落事故なのか?殺人の動機は、目撃者の証言は?裁判官と裁判員の意見はどのように?はたして、評議の結果は?

裁判員』、当然というべきか、『十二人の怒れる男』の影響大。というか外は雨が降っているという設定などはオマージュということなんだろう。『12人の優しい日本人』と似たシーンも多かった。
(両作品の比較は以前やったのでご参照いただきたい。http://d.hatena.ne.jp/AYS/20031130
『怒れる』『日本人』は舞台劇ならではのほぼ純粋な会話劇だったが、『裁判員』では中途半端に法廷での証言回想シーンを挿入していて、しかもそのつなぎ方があまり上手くなくて残念。裁判の様子を知らない一般視聴者を啓蒙するという目的のため、証言シーンも入れざるをえなかったということも大きいのだろうが。
また、裁判員個人個人のキャラクターを描きたかったようだが、その描き方がはっきり言って稚拙。自己紹介的なセリフを(引き合いに出している映画と比べると)特に工夫なくベラベラしゃべらせ、各人が長々とトラウマを語るのはなんとかしてほしかったところ。ぜんぜん効果的じゃないし。
人間ドラマとして感動させたかったようだが、多くを語らせることなくそれはできたはずだ。その辺はしょせんは日本のドラマ、ということなんだろうなあ。

裁判員』のオリジナリティとしては、7人の老若男女の裁判員のほかに、1人裁判官(石坂浩二)が議論に加わることである。というより、石坂が主人公である。
帰って脚本家(資料よると『鬼武者』『ゼルダの伝説 ふしぎの木の実』『バイオハザード ガンサバイバー』のシナリオも書いているということで、フラグシップにも所属してるのかな)インタビューhttp://www.kanto-ba.org/series/s40.htmを読んでちょっと意外だったのだが、

○ドラマの主人公ですが,何故裁判官にしたのでしょうか。
酒井さん  最初は,日弁連から異論も出ました。「だめに決まっているじゃないか。日弁連がつくるのに,何で裁判官が主人公なんだよ。」とね。でも,裁判員制度というものが,自分たちの職場に新たに入ってくる立場の裁判官が,市民からなる裁判員たちの姿勢とか良心によって,その考えが次第にかわっていくという点が劇的だということで,皆さんの了解を得られました。

むしろ脚本家が日弁連を説得してそういう構成にしたのか。

<※以下、ネタバレを含みます。とはいえ、『怒れる』『日本人』を見ている人でしたら容易に想像できる展開だとは思いますが>

最初は何の疑いもなくプロとして事件を判断していた裁判官。しかし、途中で女子大生裁判員から「裁判官の発言はロボットみたい」と批判され、最後にはそれを反省し、裁判員の意見を聞いて意見を変える。
その一連の流れを見た私は、もちろん裁判員制度を導入したがっている日弁連が、裁判官より民間人の裁判員の合議による判断の法がやはり正しくなる、という主張なんだな、とは思ったのだが、
企画が日弁連→弁護士の立場はいつも裁判官に比べて弱い→裁判官が間違いを認める話がやりたい(フィクションの中で裁判官の鼻を明かしてやりたい) ということなのかなあとか思ったのだが、邪推だったようだ。

もう一点、『怒れる』『日本人』と大きく違う点がある。これがミステリー的要素としては大きい。
『怒れる』では、「検察側の証人の証言は信用できないと論理的に判断するプロセス」を見せて無罪に導く。すなわち、被告人が有罪だと確信できるに足る証拠をなくすことによって無罪になる。いわゆる推定無罪である。逆に言うと、被告人が無罪である証拠・証言というのはほとんど出てこない。いわば消極的な無罪判決。
『日本人』でも「検察側の証人の証言は信用できないと論理的に判断するプロセス」を見せるのは同様なのだが、加えて最後には被告人が無罪だと思われる証拠や論理的な推論が登場する。積極的な無罪判決といえる。
裁判員』でも、その辺は同じである。検察側の証人に言及して、『日本人』の名台詞「聞き違いと思い込みはオバちゃんの二大要素」を翻訳したようなセリフも登場する(冒頭の「忌避手続き」も伏線といえば伏線になっている)。
ところが、『怒れる』『日本人』にはなかった要素が存在する。それは弁護側の証人の存在である。
事実上、彼の証言の信憑性が判断された時点で、判決は決まる。このドラマの白眉は明らかにそのシーンだ(やはり余計なトラウマ吐露が挟まってあってシャープさに欠けるのが惜しいが)。
弁護側の証人はチャラチャラした格好の人間であり、しかも前科があり、当時飲酒していたり、ケータイメールを打っていてちゃんと見ていなかった可能性があり、目撃後現場からいなくなり、しかも二週間も経ってから現れたなどという、(深読みはともかく)普通は信用できなさそうな「設定」は揃っているのだが、観客(私)にはいまいちこの証人の証言は信用できない、という先入観を与えるほどには(脚本と演出が)成功していない。これに成功していたら、伏線としてもっと生きたことだろう。
なぜ弁護側の証人は事件を目撃したにもかかわらず、そのまま帰ってしまったのか。なぜ二週間も経ってから証言する気になったのか。この理由を看破するシーンの魅力は『怒れる』『日本人』に少しも劣らない。
このシーンを最後の決め手に持ってくれば見事だったのだが、脚本で言うとそのシーンは正味101ページ中、75ページめに登場して、その後にたくさん蛇足がある。上述のように、下手な人間ドラマ部分が不必要に長いのだ。これが惜しかった。

とはいえ、ミステリーではなく、あくまで日弁連のPRドラマだから仕方がないのかもしれない。
さまざまな日弁連からの要求を盛り込んだ上でこれだけ『怒れる』『日本人』と比較して論じられるレベルのものを作ったことに素直に拍手を送るべきだろう。
映画『十二人の怒れる男』『12人の優しい日本人』、ゲーム『逆転裁判』が好きな人なら見て損はない映画である。

ドラマの話は以上。さて、裁判員制度だが、素人意見としては、導入には懐疑的である。ドラマ『裁判員』は『12人の優しい日本人』と同じように、日本人特有の消極的で(最初は)誰も意見を言わないとか、付和雷同体質などにも若干ふれられているが、すぐに大激論になる。が、実際はこのように盛んに議論を交わすことはまずないのではないだろうか。アメリカの実際の陪審員はどうなのだろう。
ディスカッションの主たる要素である各証拠・証言の検証はミステリーの絵解きとしては面白いが、そもそも事件そのものは陪審員裁判員が検証することではなくて、警察や検察・弁護側、あるいは法廷で検証しつくし、それを見ていた陪審員がどっちの主張がもっともらしかったかをジャッジするんじゃないのかなあ。
また、こういった陪審員ものでは逆転無罪になるというのが多いパターンである。実際、これらの作品のセリフにあるように、自分の判断が間違っていたら……間違っていなくても自分のせいで被告人が死刑やそれに近い苦痛を味わうというのが堪えられない、というのは人情としてありうるので、評決が甘くなってしまうのではないかという危惧もある。
フィクションの中の話だけかもしれないが、自分を有罪にした人間に恨みを抱く被告人も出てくるかもしれないし。
だいたい、しばしばあんな人たちを選挙で当選させちゃうような国民ですよ?(各自思い浮かべる人は違うでしょうが)

訴訟社会アメリカなのに、どうして『十二人の怒れる男』の他には陪審員ディスカッションものは(少なくとも有名なものは)あまり聞かないのかなあ。法廷もの自体はよくあるけど。
http://www.sankei.co.jp/edit/bunka/cinema/2004/0129newot.html

“訴訟社会アメリカ”を象徴的に描いた法廷サスペンス映画「ニューオーリンズ・トライアル」が31日から全国東宝洋画系で公開される。評決の鍵を握る陪審員へのさまざまな工作を描く話題作。

みたいなのはあるようだけど。原作はジョン・グリシャム陪審評決』だそうだ。上記記事には買収のバの字もないが、予告編を見る限りでは陪審員買収ものみたいだけど。予告編にあるコピーは「勝負は法廷の外で決まる」。(公式サイトhttp://nt.eigafan.com/

裁判員〜決めるのはあなた〜』上映スケジュール(更新されるのか不明だが)http://www.nichibenren.or.jp/jp/katsudo/shihokai/saibaninseido_drama_sche.html
感想等http://kagoshima.cool.ne.jp/law_en_circle/media/d-saibanin.htm http://www.nikkijam.com/user/67829/ http://www.sakawa-lawoffice.gr.jp/sub4-5-24-1tegatakyoukai.html