ジュンク堂書店池袋本店トークセッションユーリー・ノルシュテイン「わたしの大切なもの」

AYS2004-05-30

(写真はジュンク堂トークイベントの後のサイン会)

ユーリ・ノルシュテイン(ノルシュタイン)といえばその筋で超有名なロシアのアニメーション作家である。http://www.laputa-jp.com/laf2001/yuri.html
『COMIC BOX』などの雑誌を出している「ふゅーじょんぷろだくと」という出版社はノルシュテインを積極的に応援しているようで、最近『ユーリー・ノルシュテインの仕事』という8925円もする豪華本を出版。

ユーリー・ノルシュテインの仕事

ユーリー・ノルシュテインの仕事

http://www.comicbox.co.jp/norshtein/
昼頃池袋リブロに行ったら、ノルシュテイン氏がこの本にサインしまくっていた。整理券は売り切れ。昨日の阿佐ヶ谷のイベント*1に行かれた方々も多いのだろうか。
ジュンク堂トークイベントは午後3時から。テーマは作品内容に具体的に言及するというより、人生の価値とか、芸術家はどのような姿勢で作品を作るべきかといった、自身の哲学に関する内容が主だった。

通訳はノルシュテインの絵本を翻訳してこられた児島宏子さん(だったと思う)。
ジュンク堂のカフェは狭いので、早く来た人から奥に追いやられる。早く来た人がいい席に座れるわけじゃないのはよくないと思う。私は席が半分埋まったぐらいのときに行ったのだが、真横方向の席だったのでお二人の表情も見られず、氏は豪華本を見せながら話したのだが、氏が見せていたページも見えなかった。残念。

まず芸術史観を語るノルシュテイン。(以下は私のメモを元にした再現で、実際のノルシュテインまたは通訳の発言とは異なります)

ギリシア文化が文化史の始まりである。ギリシア彫刻やパルテノン神殿は当時は世界をつくるものであり、文化とはみなされなかった。そしてそれは奴隷社会に立脚するものだった。哲学は奴隷のように売られたが、奴隷に影響を与えもした。奴隷も意見をもち、主人に意見を言うことができた。*2
キリスト教が広まると、「奴隷は恥」という認識が生まれ、それは芸術に影響を与える。そして「生と死」、人生の方向付けが問題とされるようになった。
ルネサンスの芸術は宗教・神ではなく人々に必要なものを扱い、人々に影響を与えた。
社会が発展するにつれ、「個人」が認められるようになった。16世紀にレンブラントやベラスケスといった宮廷画家は、主人の注文通りに作品を創った。その後、サロンができ、芸術家の作品が広く展示されるようになると、芸術は「個の表現」となったのだ。

「作品か商品か」「作品は誰のものか」「作家にお金を出すのは誰か」みたいな議論。
上記http://www.comicbox.co.jp/norshtein/のインタビューでも出てくるが、ノルシュテインソ連で公務員としてアニメーションを作ってきた人間だということもあるだろうし、作家としてピュアなので、お金に関しては理想論者のようだ。後で引用する話の伏線である。

重要なのは、「魂の宝物」ということだ。これは、喜び、悲しみ、苦しみ……人生の積み重ねのことだ。作品とは、これを皆に提示することなのだ。
これは芸術作品に限らない。人と対話することも、「魂の宝物」の提示である。
しかし、「魂の宝物」が込められたアニメーション作品にはなかなか出会えない。現在のアニメーションの概念は間違って認識されている。他のアニメーション作家は、作品に自分が染み込んでいるとはあまり言わない。
作家は自分に対して誠実であるべきで、自分に対して誤魔化しをしてはならない。子どもの頃は皆そうだが、大人になるとそれを忘れてしまう。
「相応しい・価値・徳・長所」という意味のあるロシア語の単語があるが、現在、この言葉は軽く使われてしまっている。
人間の人生の意味・価値を込めなければ、作品は私にとって意味のないものだ。私の作品の一枚のカット、これは二十数年の結果がこの一枚に収斂している。

この辺りが今回ノルシュテインが一番語りたかったことのようだ。
彼は自分の演出法や技法の話は今回いっさいしなかった。作品へ向き合う姿勢、作品に込めた想いを語った。今回のテーマがたまたまそういうことだった、ということもあるかもしれないが、それだけではないだろう。
独特のタッチや演出が評価されがちな彼の作品だが、彼が本当に見てほしいのはテーマでありそこに投影した自分の世界観であるようだ。彼の独特な絵は、あくまでその投影であり、それが素晴らしいのは投影されているものに価値があるこということなのだろう。
この話に関しては、質疑応答でも続いた。(質問者の質問内容を超え、ノルシュテイン語りが始まった)

(日本のアニメをどう思うかという問いに)「このアニメが正しいとか、正しくない」とかはいえない。しかし、アニメーションは、作者の人生が反映されていないと嘘になる。現実との交差点がないと駄目なのだ。
「アニメーションとは何か。」と、いつも自分に問いかけている。私自身、考え方が変ったりもする。しかし確信していることがある。それは、「アニメーションは現実のイミテーションであってはならない」ということだ。
アニメーションは自分自身の時間の概念を持つべきだ。私は昔は速くてダイナミックなものをアニメーションだと思っていたが、いまではおだやかなゆっくりとしたものがアニメーションの時間だと思えるようになった。

キャラクターが人間の場合、質のあるキャラクターを創るのが大変難しい。人間のキャラクターは大変危険で、「本当らしさ」というかたちになりがちだ。これが現在制作中の『外套』でぶつかっている問題だ。『冬の日』でも同じ問題があった。
現実を持ってきてもしようがない。しかし、観客が信じられるものでないといけない。この境界をいつも模索している。
最近、コンピュータが発達して、作家たちに自由を与えている。だが、それは不必要な自由だ。「本当らしい」ものが簡単にできてしまう。これは怖いことだ。
「まるで本当の人間みたいだ」というのは観客に何の感情も呼び起こさない。それを取り去ったときに本当に感動してもらえる。
ギリシアの彫刻で円盤投げをしているものがある。*3これはすごく本物らしいが、よく見ると、円盤投げのさまざまな動きをひとつにまとめている。本物じゃない。だからすごいのだ。
アニメーション作家はそういう作品を創らなければならない。

おお、やはり「リアルよりリアリティ」の話ですか!
CGに関して「まるで本当の人間みたいだ」というのは観客に何の感情も呼び起こさない」というのは、もっと早く聞かせたかった人がいっぱいいるなあ……。坂口某さんとか最近のアレとか。
いや、もちろん結果論だけど。「本当の人間みたい」な映像を作ることをいろんな人が模索していき、その玉石混交から新しい表現が生まれるということもあるだろう。
その他、氏は『話の話』に投影されている自身の2つの「母」に関する体験を語った。

豪華本『ユーリー・ノルシュテインの仕事』に関しては、「素晴らしいものを作ってくれて、作家として大変うれしい。この本には私のこれまでがすべて入っている。」と、宣伝だけでなく本当にうれしそうだった。でもインタビュー記事は日本語でしか載ってないので、写真を見ながら「このとき私は何を話したんだっけ?」と思い出しながら眺めているそう。

文化の概念を国が提示し、国が(アニメーション等の)輸入や製作をすべきだ。売れるものとかウケるものではなくて、作家がちゃんとしたものを創り出すために、国が支援すべきだ。これで全部ではないが、ずいぶん改善されるだろう。
ミヤザキ(宮崎駿)がいて、「好きなだけお金を使っていいよ」と言われたら、素晴らしいものを創るだろう。製作費とか製作費回収とかを考えないで作品が創れたらいいのにと思う。
芸術作品は、どの時代でも商品だった。ゴッホは絵を売りたかったが、売れなかった。その意味でゴッホは自由ではあったが、自由ではなかった。今の時代ほど芸術が商品化したことはない。靴を買うときみたいに芸術作品が選別されてしまっている。
だから、どの国も国レベルでサポートをしていかなければならない。
そんなわけで、この豪華本も買っていただかなければならない。(笑) これは商品だが、しかし中身は私の人生そのものだ。

ノルシュテインソ連人なんだなあ。彼の文化社会主義を感じるよ。
でもまあ、多かれ少なかれ芸術家の本音はこんなものだろう。彼にジブリの鈴木プロデューサーみたいなのがつくのが幸せなのかどうなのか、よくわからない。

ユーリー・ノルシュテインの仕事

ユーリー・ノルシュテインの仕事


豪華本に関して、私はノルシュテインの絵をもっと見たいけど、さすがに9000円近いのは高いかなあ、と始まる前は思っていた。でもまあ、少しでも彼の活動の足しになるなら買ってあげてもいいかな、と思い始めた。
イベント終了後、その場で例の豪華本を買うとノルシュテインがサインしてくれるという。しかもカットを描いてくれるとか。ええっ、これはもう買うしか。即購入決定。
10人以上買っていったと思う。ノルシュテインは1冊1冊丁寧に、それぞれ数分かけてご自身のいろいろなキャラクターの、いろいろなシチュエーションを描いていった。シーンによっては、背景まで描きこんだり。それを見ていることができたのもとても幸せだった。
私はシンプルに、お願いしてこのキャラクターを描いていただいた。また家宝が増えた。
これから読みます。

きりのなかのはりねずみ (世界傑作絵本シリーズ)

きりのなかのはりねずみ (世界傑作絵本シリーズ)

「冬の日」オフィシャルブック

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ユーリ・ノルシュテイン作品集 [DVD]

ユーリ・ノルシュテイン作品集 [DVD]

*1:阿佐ヶ谷他のイベント:http://plaza.rakuten.co.jp/kokoronosokokara/diary/2004-05-23/ http://blog.livedoor.jp/mixairo/archives/745110.html http://d.hatena.ne.jp/c23/20040530 http://www5c.biglobe.ne.jp/~akitaroh/diary/diary02.html(5/30)情報源:http://redhell.cocolog-nifty.com/misoji/2004/06/post_2.html

*2:ノルシュテインは名前を出さなかったが、奴隷哲学者エピクテトスあたりを念頭においているのだろうか。

*3:おそらくミュロン『円盤投げ』だろう。